高麗人参の漢方としての役割
目次
漢方薬として使われる高麗人参
生薬である高麗人参は漢方薬の定番です。中国では2000年以上の歴史があり1~2世紀にまとめられた最古の薬物書「神農本草経」には、上薬、中薬、下薬の分類の中で現代の健康食品にも相当する「副作用が少なく長期に渡って摂ることができる薬」として収録されています。中国では古来より不老長寿に良いという言い伝えがあり、秦の始皇帝や中国三代美女に数えられる楊貴妃も好んで摂っていました。
一方で乱獲によって野生の高麗人参はほとんど手に入らなくなり、栽培はノウハウがないと発芽させることも出来ないほど困難です。土作りだけで2~3年、栽培には4~6年という長い時間も要します。
さらに高麗人参栽培に使った土は栄養分が大きく失われてしまうため続けて栽培することができず、6年以上寝かせる必要があります。このように多大な時間と手間をかけて栽培した高麗人参は古くからとても高価な薬として珍重されてきました。
希少かつ高価な高麗人参が漢方薬に使われる理由は、百薬の長とも言われるほど万能薬としてさまざまな病気の治療に用いられる効果効能の高さにあります。
高麗人参に高い効能をもたらしているのが、主成分であるサポニンの一種ジンセノサイドで、これまでに30種類以上が発見されています。
このジンセノサイドが混ざり合い複合的に働くことで、さまざまな健康効果を得ることができます。代表的な高麗人参の効能としては、滋養強壮、疲労回復、消化促進、精力増進、胃腸炎の改善、免疫力向上、血流の改善、ストレスの軽減、代謝の向上、更年期障害の改善などが挙げられます。
多くの漢方薬では複数の生薬が使われていて、その中でも高麗人参と黄耆(オウギ)を中心に処方した漢方薬を「参耆剤(じんぎざい)」と言います。
それぞれの生薬には性質や作用、関係する臓器が異なるため、相性の良いものを組み合わせることで副作用を抑えて相乗効果が期待できます。
漢方では体のバランスを重視しています。高麗人参を含めた複数の生薬に含まれるそれぞれの成分が、全身に行き渡ることで体のバランスが整えて健康維持に繋げることができるのです。
漢方に代表される東洋医学と西洋医学の違い
漢方薬には東洋医学の特徴がよく表れています。西洋医学で使われる薬は化学合成によって作られるため、一つの薬にほぼ一つの効果しか期待できず、ウイルスや細菌の殺菌、解熱や鎮静に対しては強い作用と即効性がありますが副作用も目立ちます。
一方、漢方薬で使われる生薬には、効き目が早い代わりに副作用があるものも一部にはありますが、複数の生薬を組み合わせることで、それぞれの有効成分がバランス良く作用して副作用を抑えて穏やかに効きます。
西洋医学は対処療法、東洋医学は病気の原因を根本的に治すことを考慮している点も違います。そのため漢方薬は一つの薬で複数の症状に対して効果が期待できるのです。
このような東洋医学と漢方薬の特徴によく合致しているのが高麗人参です。もちろん漢方薬は生薬の効果効能を期待するだけでなく、長年に及ぶ多くの臨床研究で蓄積されてきた膨大なデータに基づいてその効果が科学的に実証されています。
その点では西洋薬に引けを取りません。安心して高麗人参を配合した漢方薬を健康維持に病気の治療に活用してください。
漢方の補気と高麗人参の関係
漢方において高麗人参は「気」の量を増やす「補気薬」の代表的な存在です。「気」という概念は生きるためのエネルギーを表す漢方の中心的な考え方です。
気の量が不足することで気力が失われて元気がなくなります。このような状態になると疲れやすくなり、疲れが取れにくくなり、だるさや倦怠感、無気力を感じるようになります。
気が不足した状態を漢方では「気虚」と言いますが、高麗人参には体のエネルギーとなる気を補うことで、気虚状態を改善する効果が期待されています。
さらに漢方では気の量が増えることで免疫力を向上させたり、自然治癒力を高めることができると考えられていて、高麗人参にも免疫力を高めたり疲労を回復させる効果が認められています。
また気は単に不足しなければ良いというものではなく、気が体の一部に偏ることで気が届かない場所がある状態も良くないとされています。
例えば気が頭に巡らないと目眩が起こり、逆に頭には巡っていても体に行き届かないと腸の働きが悪くなったり、腰痛や関節痛が起こりやすくなったりします。このように気が全身に行き届かない状態も疲れが溜まる原因とされているのです。
さらに漢方の「気」は単なる肉体的な概念ではなく精神的なエネルギーにもなると考えられています。そのため気を補うことで精神を安定させることができ、抗うつやストレス軽減といった効果が期待されています。
漢方で高麗人参には気を増やす力があるとされています。虚弱体質の方や強い精神的なストレスを感じている方には補気薬の代表である「参耆剤」がよく用いられています。
漢方の補血と高麗人参の関係
漢方において気と同じくらい中心的な考え方に「血(けつ)」を補う「補血」があります。漢方で気は体を動かすエネルギー源であり、不足すると体を動かすことができなくなります。
気の不足が続くことで気と表裏一体である血も不足してしまいます。体中に張り巡らされている血管は全身に栄養を届ける大切な役目を果たしています。
漢方でも血が不足することで栄養が行き届かなくなり疲れが溜まるほか、不安やイライラを感じて、倦怠感やうつ、不眠といった症状が引き起こされます。また血は髪を作る原料とも考えられていて、血が不足することで髪が傷むと言われています。
高麗人参の主成分であるジンセノサイドには循環器系に作用することで、赤血球を増やしたり、血小板の凝集を抑え、血栓が出来るのを防ぐ働きがあります。
それによって血流が整えられて、血液の循環が良くなることで栄養が全身に行き渡ります。さらに疲れを溜まりにくくし、血行不良によって引き起こされる冷え性や肩凝りも予防します。
高麗人参を主薬とする漢方薬
人参湯
生薬の種類:人参、甘草、蒼朮、乾姜
人参湯(にんじんとう)には胃腸の働きを良くすることで消化機能を高める作用、血液の流れを整えることで身体を温める作用が期待されています。そのため胃腸虚弱、食欲不振、冷え性、胃痛などの症状に用いられます。
人参湯は4種類の生薬成分によって構成されています。強壮作用やストレス軽減作用、補気作用を持つ人参のほか、胃腸の働きを整える甘草、利尿作用や発汗作用を持つ蒼朮、強壮作用を持つ乾姜です。
これらの生薬成分が作用することで、スムーズな消化吸収を促し、体の水分バランスを整え、血流を整えて体を温めます。
人参養栄湯
生薬の種類:人参、当帰、地黄、白朮、茯苓、黄耆、芍薬、桂皮、遠志、陳皮、五味子、甘草
人参養栄湯(にんじんようえいとう)は胃腸の働きを活性化することで消化機能を高め、気と血を補うことで栄養を全身に行き渡らせます。人参と黄耆を主薬とする参耆剤の一つでもあり補気薬の代表的な存在です。
そのため虚弱体質、食欲不振、体力低下、気力低下、疲れやすい方に適しています。ほかにも術後や産後によって低下した体力を回復させ、食欲不振や倦怠感を改善する効果も期待されています。
人参養栄湯は人参を中心に12種類の生薬で構成されています。その中でも人参と黄耆は相性が良く、どちらにも滋養強壮と補気作用があることから低下した体力や気力を回復させる強い効果が期待できます。
さらに血行を促進する当帰と地黄、利尿作用と発汗作用がある白朮と茯苓を組み合わせることで、血の巡りを良くして栄養を全身に行き渡せらせて体を温めて冷え性を改善し、体内の水分バランスを保つことができます。
ほかにも芍薬、甘草、遠志には鎮静作用があり、これら12種類の生薬成分が複合的に作用することで体のさまざまな不調を改善して健康維持に繋げます。
補中益気湯
生薬の種類:人参、黄耆、白朮、柴胡、陳皮、大棗、生姜、当帰、甘草、升麻
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)の益気は「気を益す」、中は胃腸などの消化吸収に関係する臓器を意味しています。つまり体を元気にして胃腸の働きを活性化することを表しています。
「医王湯」という別名があり、気を益すことで体のさまざまな不調を改善することができることから補気剤としてよく用いられています。補中益気湯は人参と黄耆を主薬とする参耆剤の一つでもあります。
このような特徴を持つ補中益気湯は、虚弱体質によって胃腸の働きが弱い、元気がなく疲れやすい、体のだるさや倦怠感、食欲不振といった症状が続いている方に適しています。
補中益気湯は人参と黄耆を中心に10種類の生薬によって構成されています。人参と黄耆には滋養強壮作用や補気作用があります。
そのほかには利尿作用や発汗作用によって体の水分バランスを保つ白朮、抗炎症作用や鎮静作用を持つ柴胡、胃腸に働きかける陳皮と大棗と生姜、血流を整える当帰などが使われています。
これらの10種類の生薬成分が作用することで、胃腸の働きを活性化して消化吸収を促し、気を補うことで体力と気力を充実させ、痛みや炎症を抑え、血流を整えることで冷え性やだるさを改善する効果が期待できます。
加味帰脾湯
生薬の種類:人参、黄耆、白朮、茯苓、柴胡、酸棗仁、竜眼肉、遠志、当帰、大棗、山梔子、甘草、生姜、木香
加味帰脾湯(かみきひとう)は虚弱体質を改善することで、胃腸の働きを活性化して消化吸収を促し、気を補うことで貧血や疲労の蓄積を緩和する作用があります。
ほかにも抗ストレス作用や精神を安定させる働きがあり、不安や緊張、イライラを抑え、うつ病を予防し、精神的な疲労や不眠を改善します。
このようなことから肉体的な体質改善だけでなく、精神的に負担を感じたときにも有効であり神経症や心身症の治療にも使われています。
加味帰脾湯は人参と黄耆を中心に14種類の生薬によって構成されています。人参、黄耆、白朮、茯苓、甘草には補気作用があり胃腸の働きを改善します。
酸棗仁、竜眼肉、遠志、当帰には血の巡りを整える補血作用があり、肝臓や腎臓の働きを良くします。柴胡には抗ストレス作用があります。
これらの14種類の生薬成分が作用することで、体調を整えて体力気力を充実させ、精神的な疲労やストレスを軽減して不眠も改善します。
ほかにも中高年女性に多い更年期障害や、整理前に精神不安定となる月経前緊張症(PMS)、生理不順などにも使われるため女性向けの漢方薬の一つとされています。
十全大補湯
生薬の種類:人参、黄耆、白朮、茯苓、地黄、芍薬、川芎、当帰、桂皮、甘草
十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)は文字通り「完全に大いに補う」という意味で、気、血、水を補って全身に行き渡らせます。
胃腸の働きを整えることで消化吸収を促進し、血液の循環を良くすることで栄養を全身に届けて疲れにくい体質へと改善し、気を補うことで体力と気力を回復させる働きがあります。
そのため疲れやすく、体力の低下を感じていて、胃腸の働きが弱い方に適しています。十全大補湯は補気薬、補血薬として重宝されています。また人参と黄耆を主薬とする参耆剤の一つでもあります。
十全大補湯は人参と黄耆を中心に10種類の生薬によって構成されています。人参、白朮、茯苓、甘草は補気剤として、地黄、芍薬、川芎、当帰は補血剤として使われる生薬です。
これら10種類の生薬成分を組み合わせることで気と血が補われ、複合的な働きが期待できます。また十全大補湯は術後の回復を促す働きもあります。
抗がん剤などによるガン治療によって引き起こされる食欲不振や倦怠感、骨髄障害や肝障害などの副作用を改善し、手術で弱った免疫力や体力を回復させる目的で使われることがあります。
四君子湯
生薬の種類:人参、蒼朮、茯苓、甘草、生姜、大棗
四君子湯(シクンシトウ)は胃腸の働きを活性化することで消化機能を高め、血流を整えることで体を温めて冷え性や肩凝りを改善する効果が期待できます。
そのため、冷え性の方に使われることが多い漢方薬です。虚弱体質、食欲低下、疲れやすい、胃もたれしやすいといった方にも適しています。
四君子湯は人参を中心に6種類の生薬によって構成されています。人参、甘草、蒼朮、茯苓は補気薬として使われ、これに体を温めることで血液の循環を良くする生姜と胃腸の働きを良くする大棗が加わっています。
また人参は消化吸収を促進し、甘草は胃腸の働きを良くし、蒼朮と茯苓には利尿作用と発汗作用があります。
漢方薬の摂り方
漢方薬は1日2~3回に分けて服用します。用量は薬の種類によって決められています。摂るタイミングとしては空腹時が適しているため、食前や食中に服用しましょう。
空腹時に摂ることで有効成分が体内に吸収されやすくなります。また麻黄や附子といった効き目の強い生薬であっても胃酸によって効き目が穏やかになります。
もちろん食後に摂っても十分な効果を得ることができます。いずれの場合も続けることが大切です。漢方薬の中でも比較的早く効果を実感できる補中益気湯、人参養栄湯、十全大補湯などは数日から2週間程度で効いてきます。
しかし、多くの漢方薬は効き目が穏やかで即効性がないため効果を実感するまでに早くて2週間~1ヶ月程度を要します。
漢方薬の副作用
漢方薬は自然の生薬を配合しているため一般的に副作用が少ないとされています。高麗人参はほとんど副作用がないことで知られています。
しかし、漢方薬を構成する生薬の中には刺激が強く副作用を引き起こすものもありますし、体質によっては合わない場合もあります。ですから漢方薬であっても副作用が全くないというわけではありません。
漢方薬の副作用には大きく分けて3つが挙げられます。
- 誤治
- アレルギー
- 生薬そのものの副作用
漢方薬の副作用の中でも最も多いのが誤治です。漢方ではその人の状態を見てから処方しますが、そのときに体質や体調の判断を間違うと、体に良く副作用が少ない漢方薬であっても体調不良が引き起こされることがあります。
発生することは稀ですがアレルギーにも注意が必要です。生薬は植物ですからアレルギーがあります。どの生薬によってアレルギーが引き起こされるかは摂ってみないと分かりませんが、もし体質に合わずにアレルギー反応が発生した場合はすぐに服用を中止してください。主なアレルギー反応には薬疹、鼻水、咳、口内炎、下痢などがあります。
最後に生薬そのものの副作用について、生薬の中には摂りすぎることで副作用を引き起こすものがいくつかあります。人参養栄湯や補中益気湯に使われる甘草がその典型です。「偽アルドステロン症」という機能異常によって、高血圧やむくみなどが引き起こされます。
漢方薬を処方してもらうときに副作用について確認しておきましょう。副作用を頭に入れて、自分に合ったものを正しい用法用量を守って服用すれば漢方薬は体に優しく作用する安全な薬です。